PROFILE

松本茂高  Shigetaka Matsumoto

1973年神奈川県生まれ。21歳の時に初めて訪れたアラスカの原野に圧倒され、現在もアラスカを中心とした旅を続けている。
ニコンサロン新宿、モンベル、コニカミノルタプラザ新宿、山梨県北杜市津金学校などで個展を開催。




2013年2月26日火曜日

太古の記憶 Page 4

太古の記憶

繋がり紡ぎゆく生命




山脈の懐に抱かれるように広がる沿岸部の森。太平洋沖に弧を描くように流れる黒潮は、雲をもたらし、氷河が後退して出現した新生の大地に大量の雨を降らせ、大地に生命を蘇らせた。長い時間を経て、ゆっくりと森が形成され、いつしか巨木が生い茂る太古の森を沿岸部一帯に生み出した。樹齢数百年、ときに千年をこえる老木は、やがてその生を終え、大地に身体を横たえて自らを若い生命に捧げ、再び土に帰ってゆく。

Old Growth
Vancouver Island, BC Canada




森の木立を流れる沢には、海の栄養分によって育てられた無数のサケで溢れ、クマが木陰から姿を現し、いとも簡単にサケを口に咥えて森に帰ってゆく。海の栄養分を含んだサケの亡骸は森の樹木を大きく育てる力を持っている。森の奥深くの沢に生まれ、豊饒な太平洋の栄養分に育てられて再び生まれ故郷の川に帰ってくる。やがて、その生を終えたサケの身体は水に溶け、土に染み込み、別の身体に吸収されてゆく。森と海を繋ぐもの。

Brown Bear
South East Alaska





太古の昔から沿岸部の森に暮らしてきたトーテムポールの民。生命に満ち溢れた森と海の恵みに生かされ、太古から続く伝説の記憶をトーテムポールに刻み込み、未来の子孫へと語り継ぐ人々。あらゆる生命、あらゆる自然現象には精霊が宿り、意思を持ち、その精霊たちは姿、形を変えながら宿り続け、森羅万象を静かに見つめ続ける。


Petroglyph
Vancouver Island, BC Canada



あらゆるすべてのものは繋がり紡ぎあっている。




2013年2月24日日曜日

太古の記憶 Page 3


繋がり紡ぎあう生命  

Pacific Northwest Coast ALASKA , CANADA



最後の氷河期が終わる一万年以上前から、北米北西海岸一帯にはモンゴロイド(アメリカ先住民の祖先)が暮らしてきた。彼らは氷河が後退して生まれた沿岸部の森や川に沿って集落を造っていった。彼らは、あらゆるすべての生命、雨や風などの自然現象にさえスピリット(精霊)が宿り、森羅万象にはすべて意思があると信じてきた。そして、沿岸部の森と海の恵みに支えられて生きてきた。北米北西海岸に暮らしてきた人々は、総じて狩猟採集の生活を営み、自然の中で編み出された様々な叡智は、子孫へと受け継がれていった。そして、彼らの遠い祖先と精霊たちの物語をトーテムポールに刻み込んだ。


Old Totem Pole
British Columbia, Canada



巨大な氷河を抱く南東アラスカの山々。遥か昔に山間部へ降り積もった雪は氷河となり、長い年月をかけて海岸部まで押し流されてゆく。そして、その氷河は爆発音にも似た音をフィヨルドの谷に轟かせながら、再び海に帰ってゆく。長い長い、人の一生を遥かにこえた水の輪廻。



Tide water glacier
Glacier Bay National Park and Preserve, Alaska



be continued.


2013年2月22日金曜日

太古の記憶 Page 2


繋がり紡ぎあう生命  

Pacific Northwest Coast ALASKA , CANADA




海流によって持ち上げられ、海底部のプランクトンなどの栄養分に富んだ海水は、ニシンやサケなどの魚類を育て、それを捕食するクジラやアザラシ、トドといった海洋哺乳動物を育て、無数の鳥類を育てる。


Humpback Whale
 Alaska


氷河が後退して出現した新生の大地には、急速に生命が蘇り、ゆっくりと森が形成され、いつしか樹齢2000年をこえる巨樹が生い茂る、太古の森が生まれた。


Old Growth Rainforest
Alaska



森の木立を流れる沢は、豊饒な海の恵みに支えられて育った無数のサケで溢れ、その膨大なサケによって、森の動物たちの命は支えられている。


Salmon in the stream
Alaska


be continued.



2013年2月20日水曜日

太古の記憶 Page 1


繋がり紡ぎあう生命  
Pacific Northwest Coast ALASKA , CANADA


Pacific North West Coast.

(北米北西海岸)

南東アラスカからカナダBC州沿岸部、そしてワシントン州の沿岸部にかけて、Temperate Rainforestと呼ばれる温帯性湿潤の原生森林が広がっている。北太平洋沖を流れる黒潮(Japan Current)は、北米北西海岸一帯に膨大な降水量をもたらす。その量は年間5000ミリをこえ、南東アラスカの背後に連なるフェアウェザー山脈や、カナダBC州沿岸部のコースト山脈、ワシントン州沿岸部に突き出たオリンピック半島の山々に氷河を形成し、その麓には巨樹が立ち並ぶ壮大な森を生み出した


From the Air.
Glacier Bay National Park and Preserve, Alaska



Temperate Rainforest
British Columbia, Canada


be continued.

2013年2月12日火曜日

スピリットベア との出会い

Story 15 years ago



太古の昔、この大地のほとんどは氷河で覆われていたという。その後、氷河はゆっくりと後退し、何もない岩ばかりの大地が露出し、長い年月を経て、いつしか深い森が出現した。

Glacier Bay National Park and Preserve, Alaska.


現在、カナダ太平洋沿岸部の森は圧倒的な緑の世界である。僕はこの原生の森に惹かれ、カヤックを使って海から森へと旅を始めていた。そして、この土地に深く携わっていた人から、伝説の白いクマの存在を耳にしていた。


Old Growth Rainforest, BC Canada.

僕はこの土地を訪れる度に森の奥深くに潜むという伝説の白いクマの存在をいつも意識していたように思う。ある時、この辺りの島で伝説の白いクマを見たことがあるという人に出会った。その島には何頭かではあるが、確実に白いクマが存在するらしかった。僕はこの情報を頼りに、この島へとキャンプ道具と食料を積みこみ、ボートで運んでもらった。「一週間後に迎えにくる、グッド・ラック!」と運んでくれた先住民の人と握手を交わし、視界からゆっくりと消えて行くボートをぼんやりと見送った。あたりは静寂に包まれ、再び森は太古の様相を取り戻していった。今すべきことは早くベースキャンプを設営することだ・・・。



夜明けとともにテントの中が次第に明るくなってきた。昨夜からひっきりなしに、ぱらぱらとテントに降り続いていた雨粒の音もどこかに消えたようだ。森の何処で「ガーガ。ガーガ。」とよく通る鋭い声の主はワタリガラスであろうか。何やら騒々しく叫んでいるが、何か近くにいるのだろうか。今日は一体どんな一日になるのだろうかと、湿った寝袋の中でまどろんでいると、朝日が鬱蒼とした森の中に差し込んできた。木立がシルエットとなって、テントのキャンバスに映っている。

心地好い我が家と決別し僕はテントの外へと出て行った。目の前の倒木に向って用を足していると、20メートルほど離れた苔の絨毯の上に大きな白い物体が目に飛び込んできた。なんとあれほど会いたかった伝説の白いクマが、僕のすぐ目の前で居眠りをしているのだ。そしてこちらの存在に気が付くと、しばらく僕を不思議そうに見つめていた。やがて、この頼りない二本足の動物に対して興味がないのか再び居眠りを始めてしまった。


Spirit Bear of the Rainforest


サケを川から獲ってきて森の中へ運んできて食べていたらしく、あたりには数匹のサケの死骸が散乱しハエがたかっていた。僕が何も知らずにテントの中で眠っている間に、彼は川でサケを獲り、ここまで運んで食べていたのだ。そして腹を満たしたのか、今こうやって僕の存在など気に留めることもなく眠っている。人間の世界から遠く離れた原生の森で、僕は伝説の白いクマとたった20メートルほど隔てた距離をおいてこの時間を共有している。何故だか不思議と恐怖感はなく、僕の心は温かさで満たされていった。

この日を境に、このクマと僕は不思議な関係ができあがっていった。僕がこのクマと出会った森には、小さな川が流れている。海へと注ぐその川は、潮が引くと河口が小さな滝となり、その滝の下に沢山のサケが溜まるのだ。彼はそれを見計らって毎日、森から下りてくる。森から顔を出し、潮が引いて露出した狭い岩場を通って漁場へと向う途中、僕と出会うと、一瞬、気まずそうな複雑な表情をこちらへ向けるが、僕がそっと道を譲るとゆっくりとした足取りでサケを獲りに行ってしまう。そして、いとも簡単にサケを捕まえると、口に咥えて森の中へと戻っていく。その光景を遠くからぼんやりと飽きることなく眺めている僕。あたりまえの光景をあたりまえのように眺めている自分自身に不思議な感覚を憶えていた。


Spirit Bear caught a salmon.

この場所では毎年、夏の終わりになると無数のサケが生まれ故郷の川へと帰ってくる。そしてそのサケを求めてクマやハクトウワシ、カワウソ、ワタリガラス、海ではアザラシやシャチといった動物たちもまた帰ってくる。その無数のサケを育む豊かな森。森の木々はクマが運んだサケの死骸から森には存在しない栄養分をもらい大きく成長する。そしてあらゆるすべての創造者としての雨。ここではあらゆるものが繋がりあっている。そしてその大きな繋がりの中に身をゆだねるとき、安心感をはっきり意識できた。心もとないほど脆弱に思える僕の肉体はやがて滅び行くだろうが、この森は永遠に繋がり紡ぎあってゆくのであろう。僕は生まれて初めて本当の自然というものに触れたような気がした。そこには少しも派手さや興奮もなく、時間というものだけがゆっくりと流れていた。




この森を去る日がやってきた。山のような荷物を整理し、カメラ機材もザックにしまいこんでいた。良い写真が撮れたかどうかはもう大した問題ではなかった。ここで過ごした時間を心ゆくまで堪能したかった。そして、クマを観察する場所になっていた大きな石にまたがって海をぼんやり眺めていた。遠く離れた対岸の島のあたりでクジラが潮を吹き上げている。どうやら南へ向うザトウクジラのようだ。たった今、このクジラの群れを見つめているのは僕だけなのだろうか。



Humpback Whale

ボートが10日ぶりに僕のところへとやってきた。山のような荷物をすばやくボートに積みこみ、ベースキャンプを離れると、森の中から白いクマが現れた。そしていつものようにサケを捕まえると、再び森の中へと戻っていった。僕はその光景を見えなくなるまで眺めていた。

Photo and text by Shigetaka Matsumoto.

月刊OUTDOOR/山と渓谷社 2000年2月号より 一部改正

2013年2月8日金曜日

冬のムース

Winter Moose



立春を過ぎて暦の上では春。

しかし、北極圏ではまだまだ−40℃の寒さが続いていることであろう。

そのような過酷な状況下で、身体一つで生きる野生動物が愛おしくてたまらない。

そして、多くの雌の身体には新たな生命が宿っている。

Moose, Alaska




Moose, Alaska



2013年2月1日金曜日

ワイルドキャット

Ghost of the Wilderness



森の奥深くに潜むオオヤマネコ。

新婚旅行で初めて嫁さんをアラスカに連れていった。

ある日、林道を歩いているとずいぶん先で何かが僕たちの前を横切った。
直感的にリンクス(カナダオオヤマネコ)だと思った。
アラスカに何度も訪れていてもまだ一回しか目撃したことない野生動物。
僕は嫁さんに「ここでちょっと待っていて」と言い残し、森の中へ駆け込んだ。

リンクスを追いかけて、再び嫁さんのいるところに戻ってきたのは40分も経ってからだった。辺りにはグリズリーの痕跡があるというのに。

「あなたは節操がない」と怒られるかと思ったけれど、何も言わないでそこでじっと待っていてくれた。しかも、ちゃっかりカンジキウサギの写真も撮っていた。


Lynx
Alaska 2008